ある日の午後、平積みの文庫から1冊を手に取ったお客さんが、通りがかった書店員を呼び止めた | 新潮文庫メール アーカイブス | 新潮社
これを読んで、ほしい!と思ってた泡坂妻夫さんの「生者と死者」(新潮文庫)買えた。長編ミステリーと“消える短編小説”の2本立て。
……ってどういう意味かというと。
こんな風に、十数ページごとに袋とじになっていて、最初はその袋の外側だけ読む。つまり1冊の本の一部だけ拾って読み進めるのだ。それでちゃんとお話がつながってる。1つの短編になってる。見開きで完結とかじゃなくて25ページの短編。単語すらページをまたいで分かれてる。17ページの「美」から32ページの「青年」に飛ぶ。美青年。1字すらずらせない、ずらさない、ずれない、きっちり決まった紙の本だからできるギミック……すごい。最初はちょっとぎこちなくページを繰るけど、数回目からあまりに当たり前に普通につなげて読んでしまう。「千秋は唇を」「重ねた」。
全部開いたら普通に長編小説になる、短編はページに溶けちゃう。「千秋は唇を」のあとには全然違う動詞が続く。「この本は絶対立ち読みできません」って書いてあるけど、むしろそれどころか買って読み切って堪能したら短編は短編のままでは読み直せないっていう。
とりあえず短編で読んだ。記憶をなくした美青年・千秋。学も品もあっていいところの家の人っぽいけどなにせ記憶がないので情緒不安定。なぜかあまり考えずに高度な奇術ができる。近くで起きた連続殺人事件?となんか関わりがありそう。
登場人物の名前とかやや唐突に出てくるし、なんだか釈然としないままふわっと終わった(そりゃあ当たり前だ、だって長編小説の176ページなんて物語の佳境に決まっている)。長編小説の予告編的なさわりなのか、すべて通しで読めば溶けた短編とはまったく違う風景が見えてくるのかよくわからない、でもどうとでもとれる話だったしせっかくこんな凝ったことするなら単になぞらせたダイジェストってわけないし……楽しみ。ジャケ買いどころじゃなくギミック買い。あらすじすら読まず、とにかくこの仕掛けに入り込みたい、と思って手にとった。
今から少しずつ短編を“消す”作業に入る。とりあえず3つ目の袋まで解体した。うまくページが切れなくて数カ所ガタガタになってしまった。本をちぎるのは、(手ではうまくできないところに)ハサミをいれるのはちょっと背徳感がある。どきどき。いやいやこれは必要な作業なのだ。
Amazonでアクセスしても「マーケットプレイスで買う」も「Kindle化リクエスト」も超空虚!この判型でこの文字組みじゃないと成立しない、電書じゃダメ、EPUBにできない、なるほどこういう方法で紙の本って遊べるのかあ。
94年に初版、しばらく絶版で、今年に入ってから復刊したんですね。古本屋とかでは結構なお値段でやりとりされてたようです。わたしの手元にあるのは2月20日発行で、第七刷。
泡坂妻夫著『生者と死者』は来年1月に復刊予定です。復刊までの間は『しあわせの書』でお楽しみください。忘年会や新年会で、この作品を使ったマジックを披露してみるのも楽しいですよ。
— 新潮文庫 (@shinchobunko) December 20, 2013
『生者と死者』は普通の文庫とは違う特殊な作りの本なので、今回の復刊にあたっては、ちゃんと本ができるか、製本所であらためて実験してもらいました。よし、いける!となって正式に印刷・製本の発注ができたのが今日なのでした。
— 新潮文庫 (@shinchobunko) December 20, 2013
「本自体の仕掛けがすごい」「ネタバレだから何も言えない、とにかく読め」って一緒に言及されていることの多い、同じ作者の「しあわせの書」も気になる……(表紙の謎なダサさも含めて)。
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追記
そうか、タイトルに「電子書籍にはできない」って入れたからそこをいろいろ突っ込まれてるのですね……今気が付きました。別に、やっぱ紙だなー!デジタルじゃできないでしょ!とかじゃなくて、普段自分は電書の方が多く買ってるけど、これなら紙でほしくなる、シンプルに改ページだけでこういう遊び方ができるんだなーなるほどー、読者が自分で切らなきゃいけないのもすごいな、と思ったってだけでした。袋とじってなんか怪しい感じで無条件にどきどきしてしまいますね……。
ブコメで他にもこんなのあるよ!が出てきてうれしい。電書でギミック使ったやつも、あればぜひ教えて下さい。
id:vndn 倉阪鬼一郎の「不可能楽園 蒼色館」がKindleで買えて笑った。あれも文字組みが重要な作品で、Kindle版は全部画像だった
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id:take-it 倉坂さんの『文字禍の館』も本じゃないと無理だなーw しかし泡坂さんがちゃんと残っていくのは嬉しい。
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id:paradisecircus69 泡坂氏のこれを挙げるならバリンジャー「歯と爪」もね
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id:honeybe 筒井の「残像に口紅を」とか?(言ってみたいだけ
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id:osushi_soba ノックスマシンの鏡文字とか
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id:deztecjp 似た話(?)で、法月綸太郎『ノックス・マシン』の鏡文字の話は、何より印刷を引き受けた大日本印刷の自信が一番すごいなと思った。/全然違うけど「袋とじ」といえば講談社ノベルスの「密室本」とか好きだったな。
そういえば2002メフィスト賞の石崎幸二さんこんな本書いてた(絶版だけど)。
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id:shimahi 不可能という意味なら霧舎巧の私立霧舎学園ミステリ白書シリーズの方かも。
四月は霧の00密室 私立霧舎学園ミステリ白書 (講談社ノベルス)
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