という言葉について、ここのところずっと考えている。あるいは、ぶちあたってる。
すごいと思う人、非の打ち所なんてないじゃんだいすき!あなたになりたい!って思う人、ビビっちゃうくらい頭いい人でも、その人なりの悩みがあるんだなあ、それはわたしのくだらないなんやかんやと比べて優劣とかないんだだなあって最近よく思う。
自分が自分について知ってること把握してることなんて本当にたかが知れてると思ってて、自己評価ってあんまり信用してない(というかネガティブすぎてどうにもならない、ネクラすぎる)。それより、親しいあるいは近しい人が赤裸々に評価してくれるところをちゃんと聞こうってしてる。普段ひとりで気になっているようなところって、意外に周りの人は「まぁそういう人だよね」で済ませられてるところも多い。自分が思うよりずっと、他人はわたしのことよくわかってるし、ごまかせない。だから直す必要がないよ、と言いたいんじゃなくて、そこが嫌っていうより他のところをいいと思ってるからなんとかなってるんですよ、ってこと。
才能って、自分の中では当たり前のようについている思考の癖だから取り立てて特別だとも思っていない部分、なんだよねきっと。
「ええっ?そんなとこが褒められるの!?」っていう思うようなところ。あなたの当たり前は、誰かの特殊能力なんだよ。まじでまじで。
24時間ずっと頭の片隅にあること、おもしろいと思う基準、興味を持つ対象、子どものころに読んできた本、こういうのがおもしろいと思うっていう価値観、そういの全部つながってて、今さら改めて噛み締めることなんてないよっていう、あれね。インターネットはその「今さら改めて見せるもんでもないよ」っていうのが垣間見えるからおもしろいとわたしは思ってるんだけど。だからFacebookよりTwitterのほうが楽しい。無意識の方が、意味や目的や外面なんてなさそうな方が、楽しい。
だからみんなに価値があるんだよ!もともと特別なオンリーワン!なんていうつもりはないけど。才能の有無とそれを生かして大成できるかはまた別の問題だと思いますし。
才能は眠らない。あるいは眠れない。スイッチなんてない。発揮するかどうかじゃない。自覚的になって引きずり出せるか。意識的に売り出せるか。それだけ。誰と比較するか、何と比較するか。多分自分だけで考えてても意味ない。
結局差異でしかものは認知できないんだよなって、最近よく思う。決して悪い意味ではなく。〜よりは好き、〜よりは得意、〜よりは気分がいい、そういう比較対象を増やしていくプロセスが永遠に続くんじゃないかしら、と。
18歳から22歳までの4年間で(かろうじて)わたしが学んだこと - インターネットもぐもぐ
それから、才能と能力は別物だということについて。
能ある鷹は爪を隠す、という言葉があるけど、これは「才能」に気づいたあとの話だよね。
爪があること、それ自体は才能ではない。多分、鷹は鷹だけで生きていたら「爪」が「才能」だなんて思わないんじゃないかしら。それよりもあいつよりも体格が小さいからモテねえとかくちばしが貧相だとか飛行のスピードが遅いとか、そんなことで悩むんじゃないかね。知らないけど。“他の鳥に比べて”スピードが早いし爪もでかいことに気付いたら、ガッと掴みにいけるんだなーとわかったら、そこから使うじゃん。武器になる。鷹の中で比較したら上には上がいるし、玉には絶対傷があるんだよね。気付いて、母集団を調整することで、それは相対的に優位な「能力」になって世を渡り歩いていくためのための「武器」になるんですね。才能を武器にまで磨けるか。磨きやすい才能とそうじゃない才能が、金を稼ぎやすい才能とそうじゃない才能が、あるわけだけど。そして、30年前に重宝されていた才能と、2012年の今、持ってるだけで磨き方の道が自明な才能は違うわけだけど。
だから気付くところが、一番大事だと思うんだよな。というか、気づかせてくれる環境や人が、いることが大事なんだよな。
才能は眠らないけど、ほっといても覚醒はしない、し、人の才能を覚醒させるのが抜群にうまい才能っていうのもある。
すごいな!って思う身近な人(有名な人、とかじゃなくて)に、こういうところが好きですすごいと思います、ってあえて口に出したりテキストにして伝えると、なんだか意外なところを指摘されて嬉しかったありがとうって言われることがあるんだよね。逆にそんなこと言われるとびっくりする。みんなそう思ってるよ!って感じなのに。喜ばしいことに、愛と尊敬は外に出しても削られないし増幅するのですばらしい。それで救われる…って言葉はちょっと言い過ぎかもしれないけど、ちょっと幸せな気持ちになる人がもしかしたらいるかもしれないってすごいことでしょう。
すげーなーこの人、っていう人に積極的に愛を尊敬を伝える、というのを当面の行動指針にしようって思った。
もうすぐ春ですねちょっと気取ってみませんか。