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狂気のない魔法なんて多分きっと腑抜けてる(「夢と狂気の王国」を見た)

夢と狂気の王国」を見た。ジブリ密着映画。
映画『夢と狂気の王国』公式サイト
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全然ジブリマニアじゃない、作品群に特段の思い入れもない。金曜ロードショーでも見ない。ラピュタはキャラクタの名前だと思ってた。千と千尋で両親が豚になるのは知ってるけどそのあとどうなるの。

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宮崎駿さんは朝11時ぴったりに来て、夜9時きっかりに鉛筆を置く。毎日毎日黙々と机に向かってものを描く。いろんな柔らかさの鉛筆がいっぱいに詰められたキャビネットから選ばれた相棒を片手に描く。これは5B、と言いながら、インタビュアーのふわふわした質問に言葉を投げながら描く。

なんかそれだけで泣いてしまった(わけがわからない)。どうにもこうにも毎日は続く。別にスタジオジブリがどうこうとかじゃなくて、ものを描く行為ってわたしには等しく魔法に見えるよ。毎日魔法をかけ続けてる現場が東小金井にあった、今同じ時代にあった、すごい。

この結論を抱いたことが自分の自己認識の上でプラスなのか判断しかねるけど、宮崎駿さんがあと40歳若かったら恋に近い感情すら抱くと思う。確信を深めた。
勤務時間中、フロアにラジオ体操の音が流れるとみんな立ち上がってやるのだけど、ぽとりと鉛筆を置いてシャキッと立ち上がった宮崎さんは一瞬間をあけて「しまった、だめだ、第2はできないんだよ」とオフホワイトのエプロンに手を当てて照れ笑いする。自分のアトリエに、毎日外に出したり中に入れたりしてかわいがっているハイジのヤギの大きめのフィギュア(オブジェ?)があって、これはもともとジブリ美術館の展示用のものだったんだって話す。展示が終わって連れて帰ってきた、だって「ヤギがかわいそうだから」。か、かわいい。

同時に、年齢も立場もなくひどくストイックだ。
「そこにあるのが運命でも、アニメーションでは意志を描くんだよ」。
零戦の機体が描けない描けないと何度もやり直す。「わかんないわかんない」「へこむね。ほんとに。くそー」「明日になればきっともう少しはうまくできると思わないと」。つぶやきながら帰路につく。

「実際に飛んでるのを見てそっくりに描けばいいわけじゃなくて、こうやって飛んでてほしいっていうイメージが宮さんの頭の中にあるの。だから第三者がどんなにうまく描いて持ってきてもOK出せない。でもそんなの他人に伝わるわけないでしょ、この期に及んで理想主義なんだよね。しかも、若いころの自分なら描けたんじゃないかって思っちゃう」、この鈴木さんの言葉。

翁が自ら描き上げる、セリフも入れ込んである絵コンテの熱量が凄まじくて画面に映る度に見入ってしまった。クラシカルなストップウォッチを片手に虚空を見つめて秒数を切っていく。ああこの人の目の前では今絵が動いてるんだなって思う。カメラの目の前にいるはずなのにとんでもなく遠く見える。

この過程、編集の妙もあってコミカルに進んで楽しい。
「何考えてるかわからない声でいい、決まり」「キスシーンもあるけどいっか」「まさかこんなことになるなんてね……21世紀だね」「宮さんに頼まれたら断れないですよ」

宮崎駿さんと鈴木敏夫さんと高畑勲さんの関係も大変におもしろかった、よくできたフィクションのようだ。宮崎さんは高畑さんのことを「性格破綻者なんだよ」「完成させる気なんてないでしょ」なんていう。だけどずっと気にしてる。毎日のように話す。

吾朗さんと川上量生さんが次作の構想でもめている時、鈴木敏夫さんが溜め息と紫煙と共に吐き出した言葉が印象的だった。
「宮さんは『大人のためにしかも戦争の映画を描くなんてとんでもない』って怒って、高畑さんもかぐや姫をテーマにするのに乗り気じゃなかったんだよね。2人ともやりたいものじゃなかったわけ」
わたしは才能ってそういうものだと思ってるし、ああ「プロデューサー」とはこういう仕事なのかしら、とぼんやり思う。

宮崎さんと鈴木さんはもう数十年の付き合いになるというのに、お互い敬語なんですね。「いろいろ考えてこっちの方がいいと思ったんです」「いや、僕もそう思います、これでいきましょう」。それなのに鈴木さんは「宮さん」と呼ぶのだ。ものすごく近い距離でお互いにお互いには絶対にできないことをしながらこの距離感なのぞくぞくする。

カメラは引退会見直前のシーンにも入る。すごい人ですねえ、こんなに大事になるとは思わなかったですねえ、と会見場の控室でのんびり話す鈴木さんと宮崎さんが映る。ホテルの上の方の階、東京の街が一望できる窓辺に座って外を眺める宮崎さんが監督に、ちょっと、と声をかける。

「こんなつまらない街でも上から見下ろすと映画の舞台になるんだ、右から左へキャラクターが走るだけで」。ほら、あそこの屋上に人がいるのがわかる? そこからスタートしてこっちの赤い屋根に、向こうのビルの上に、そしたらあの電線を向こうに走ってく。――今から「引退会見」をする人の言葉に聞こえないね。
そしてこの日に出した「引退の辞」はこんな言葉ではじまっているわけです。
「ぼくは、あと10年は仕事をしたいと考えています」。


風立ちぬ」のラスト、菜穂子のセリフは最初は「来て」だったのが試行錯誤の末に「生きて」に落ち着く。赤いサインペンで2本線がひかれて訂正された台本が映った時、鳥肌が立った。
庵野秀明さんは収録の後、この方がいいですよねと言いながらポツンと漏らす。「でも、言われてる方は重いですよ」。

絵コンテに踊る直筆、「君の10年を力を尽くして生きなさい」。
幸か不幸かわたしにはまだまだ嫌になるくらい残りの人生がある。つらい。しんどい。未来なんて知らないし考えたくもない。でも今目の前にあるものとやらなきゃいけないことと向かっていくべき方向はわかる。

タイトルを見るとディズニーランドのキャッチコピー「夢と魔法の王国」をどうしても連想してしまう。きっと魔法と狂気は紙一重だ。狂気がない魔法なんて腑抜けてる。

はー。「生きねば」。


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