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インターネット、おなかいっぱい食べましょう




ブログ書くの大好きだけどブロガーなんて自称できない

ブームに乗ることにする。
結論から言って、正直何かを宣言できるほどわたしはブログに魂を込めてない。込めてないわけじゃないけど、別にブログじゃなくたっていい。執着してるのは文章であって、物書きであって、場所はなんだっていい。ひまだなテレビでも見るか、と同列に、時間あるじゃんなんか書くか、ってなる。書くことは娯楽であって生理的欲求であって強い欲情でもある。まばたきする度に文字列を浮かべて生きてる。せっかくしたためるのだからインターネットに放流しようかしら、それだけ。


そもそも考えてみると、このブログはTwitterやってなかったらはじめてない。
140字で書き足りないことが出てきたり、いろいろ情報をもらったことで自分の役にたったり意識が変わったり思考がアップデートされたりしたときにまとめる場所がほしくて、じゃあまぁブログでもやるか、と思って2010年の年明けにつくった。便宜上ブログと呼ぼう、と思ってた程度だから最初のタイトルは「はみだし」にしてた。メインはやっぱりTwitterで、その上ではみだしたもの、って意識。
というのも、それまでわたしがやってた"ブログ"はヤプログ!JUGEMやFC2であって、学校の友達とお互いにチェックする日記…というよりももっと短文で頻度の高いそれこそつぶやきの集積だったわけだ。ケータイで更新する。ケータイで見る。写真を溜める。そういうのだ。ブロガー、なんて言葉聞いたこともなかったし、「ブログ見たよ」は教室のお昼休みに、夜中に電話口で、音声で発する文字列だった。リアルの生活を補完するためのブログ。今はそれはTwitterになった。Twitterは、プライベートな"ブログ"的なところとこのブログのドラフト的なものを書き付けておくためと2つの役割が共存しててとっても楽しい。高校の同級生の毎日を追いかけながら、なんやかんや自分の意見を書いたりする。そのごちゃ混ぜ感最高。何を書いてもよい。


じゃああくまでもサブ的な心持ちで書いてるんですか?と言われるとそんなこともない。
役割分担も自分の中でわりとあるし、射程範囲も違う。


Twitterは書きたいことのコアになるセンテンスを見つけるために使ってる。その場の勢いで考えたことを書きつけたものはあとから見直すと温度が高くて気に入ることも多い。字数制限がある中で書くと妙にいい言い回しだとか表現が見つかる。タイムラインに流すことを前提にするから、一人よがりになりすぎないところもいい。わたしが今までケータイ文化にどっぷりだったこともあるけど、いきなり真っ白な場所に文章を書くのはどんなに書きたいことがあっても案外億劫だ。あるいは、書き始めると止まらないからこそ最初のとっかかりがあるとやりやすい。その点「つぶやき」だったら時系列も考えずに、あとから構成をつくるときの要素に使えるから気が楽。リプライをもらったり、ふぁぼの数を見たりして、なるほどそういうところが伝わらないのか文章にするときは気をつけよう、このくだりふぁぼが多かったからここを膨らませよう、ってなる。読み手に迎合してるわけじゃなくて、自分が本当に書きたいことの精度をあげてるって感じだ。自分で自分の文章とそのインスタントな反応通じて発見してる。あーそういうこと書きたかったんだー、って毎回思ってる。


じゃあブログはどうなのかって考えると、正直言って生まれてはじめてオーディエンスを意識して長文を書いてるパブリックな場所と言っていいかもしれない。わたしじゃなくてわたしの書いたものだけが表に出ればそれでいい。書き手と読み手の関係性なしで、文章の内容だけでなんやかんやぶつかるゲーム、おもしろい。
今までインターネットを趣味の友人と出会うとか学校の友達と話すために使っていたところがあるから、もっと広い人に自分の書いたものを読まれる可能性があるんだって思ったのはTwitterがきっかけだった。
知らない人に読まれるの気持ち悪い、って思ってる子もわたしの周りなんてたくさんいるしそれを否定はしない。こういうやりとりをおもしろいなって思えるのは一般的な趣味ではないよなーとすらと思う。別に経験してなくたって困りはしないよなあ。苦いもん。とはいえもう少し無責任になれば、もっと書けばいいのにー、とは思う。立派なこと書かなくても全然更新しなくても。

多分、書いたものと自分自身がまったく別物だと思っているからだと思う。自分の表現物に対してあーだこーだ言われて怒ったり傷ついたりするのはそれが自分に向けられているように思うからだよね。そこが切り離されてるとわりと冷静に1人の外野として見られる。2分前のわたしはもう他人、な感じで、書きものに対してもあまりまとまった執着がない。勝手に解釈されていくのとか断片に切り崩されていくのとかTumblrに流されていくのとか、案外悪くない。それが嫌な人がいるのももちろんわかる。わたしだって書いてる以上自分が思ってることはきちんと表したいなとは思っているわけだけど、それでも届かない部分、そこにも同じくらい興味がある。
インターネットの苦さに舌が慣れたのでおいしい - インターネットもぐもぐ


ううむ、やっぱり、ブロガーなんて気恥ずかしくて言えない。ブログ大好きだけど言えない。なんでだろう。サブとも思ってないけど、ここがメインだって胸張って言えるわけでもないような。
この場所で書かせてもらってますのでよろしければ…って感じ。Twitterが自室でブログがガレージセールって感じ。商店街に区画は借りてないですけど軒下で週末に、というか。
でも、Twitter見てます!って言われるとあなたのタイムラインにおじゃましてすみませんって感じになるけど、ブログ読んでます、だとわざわざ来てくれてありがとうございます、って気持ちになる。だからやっぱり心持ちは違うんだなって思う。どっちにチューニングするのもすごくおもしろい、どうやっても伝わらないことわかって歯がゆい気持ちになるのもすごく大事、道行く人に批判的な反応や純度の高い罵倒を投げられて妙なアドレナリンを出すのも大事。でもどっちがメインって感じでもないのはそうかも。
あとは、ここだけじゃなくてアイドル見聞録嘘でもホントでもない小噺を詰んでいく場所 も持っていてどっちも"ブログ"ってくくりだけど、「ブロガー」の書くブログっぽくはないよね。高校の友達のたわいもない日記を今も読んでいるし、アイドル現場や観劇の記録をつけている人のも読んでる。そこでは意見を戦わせるなんて方向のエネルギーはない。戦闘力って感じでもない。でも淡々と書いてる人たくさんいて覗かせてもらうの愛しい。それも全部わたしには"ブログ"。


書く場所は一個でも多い方がいい。そういう気持ち。
だって、誰かのためにというより未来の自分のために書いてるから。半年前の自分は一番近しい他人だもん、読んでおもしろいに決まってる。ブログ大好き。Twitterも大好き。読まれたいより、書きたい、だよ。
目の前にテキストエリアがあればいーのだ。


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「ブログはじめたいなと思っているのです。アドバイスをもらえたら嬉しいです。」 - ザ・インタビューズ
記憶をたどれば1年前もほっとんど同じようなことを言っていた。

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