インターネットもぐもぐ

インターネット、おなかいっぱい食べましょう




書きものを晒すことと、反響を構成する要素

前回に続き「苦いインターネット」の話。

自分が書いたものに対してどういう反応が来るか、を予測するのは当たり前だけど大事なことだ。多分、仕事で物書きをするとしたら一番に習うことのひとつなんだと思う。読者にどういう気持ちにさせたいか。逆に言うと、すべての書きものにはこれがある。*1
ストレートニュースだったり足で得た取材にもとづいていたり、画像まとめだったりするともちろん違うけれど、ここではブログのことを考える。


「あるあるwww」
「ねーよwwww」
「なるほど」


“インターネット上で”“個人が発信した書きものコンテンツ”に期待しうる反響を構成する主な要素はこの3つだと思ってる。共感と、反論と、納得、ではなくて、この3つだ。微妙に違う。漢字の熟語にしちゃうと意味が変わっちゃう気がする。
このどれを喚起させたいのか、考えながら文章を紡ぐと個人的にはすごく書きやすいし楽しい。反応をもらう、ところまで含めておもしろくなるので観測したい範囲が広がる。おもしろい、と思うものは大抵この3つに基づいてる(と思う)。
つまり、「一言いってやりたい」をどう引き出すか、なんだけど。そう思わせないと、感想なんて言葉になってわたしに見えるかたちに出てこない。ブコメでもTwitterでも何かを投げ返してくれる人よりもただ読んでいるだけの人のほうがずううっと多い。
反響が多い、というのはこの3つの反応が個人の中や人によって割れることなんですね。どれかひとつに意見が収束しちゃうやつだとそうはならない。コメント欄を見た上で、友達のツイートを見た上で、さらに自分も言ってやりたいと思われるとどんどん増える。


「すごいわかる!!!この固有名詞超なつかしい…!」(あるある)
「ここはわかるけど、結論はねーよw」(ねーよ)
「なるほどこういう見方をするやつもいるんだなぁ、でも自分は違う」(なるほど)
「そもそもこんなやついない…っていうか細かい具体例が気に食わない」(ねーよ)
「自分もこの気持ちわかるけど言語化するとこうなるのか」(あるある+なるほど)


いろんなパターンから、前からも後ろからもつつける“いじられ耐性”をチラつかせること。その意見の割れ方を書き手が楽しめるかどうか。そうなると、本体コンテンツだけじゃなくてそれにすでに寄せられている反響もひっくるめて「一言いってやりたい」対象になる。
書き手が予想してる結論への導き方の強度って、発表する場所とかテキストの役割でも変わってくるわけだけど、わたしはゆるく書いてしまうタイプだ。自分の文章はネットに最適化されてきてるなー年月をかけて…とすごく思うのはそれを自覚した時。

*1:素直にそれを汲んで読解したときと、あえてひねて捉えたときの2パターンの感想を常に考えてると楽しい