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インターネットもぐもぐ

インターネット、おなかいっぱい食べましょう




「ふぁぼ」と「Like」は全然違うし、だからわたしはTwitterの方がすき

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FacebookTwitterだったらTwitterのほうがずっとすきなんだけど、このあたりにその要因があるような気がしてる。
わたしのなかでは全然違う!意味が違う!エロさが違う!向いてる方向が違う!


この用語、馴染みのない人もいくらかいると思うので説明から。
以下文中の「ふぁぼ」はTwitterにおけるお気に入り機能(英語表記だとFavoriteなので)を指します。星をつける。
名詞としても動詞としても使います。 ex)「このポストが10ふぁぼ…!?謎!」「○○さんにふぁぼられた!」
これはめちゃくちゃよく使う人とまったく使わない人と完全に別れてるはず。別に使わなくたっていいし、あくまでオプショナルな遊び方。オフィシャルなサービスの外のウェブサイト、Favstarやふぁぼったーを参照して、ふぁぼられ数として反応を見たり、誰がふぁぼってるかを確認したり、します。
一方「Like」は「イイネ!」のことですね。Facebookです。単純に語感として言いやすいのでわたしは「らいく」呼びしてますので表記はそうします。
「この前のあの写真先輩にイイネ!されてびっくりしたww」とか会話で言いずらいんだもの!「らいくされて」のほうがまだよい…!
FacebookにおけるLikeってかなり重要な基本機能で、「誰々がふにゃふにゃをLikeしてます」っていうのがフィードに流れる情報の相当の部分を占める。
Likeすることでフィードを賑やかにする、自分という存在を誰かのタイムラインに流す、ことになる。
対して、TwitterのFavは誰かに見られることが前提になってない。見るにはわりとめんどうなアクションをしないといけないし、そもそもふぁぼって機能あること知らない人、使ってない人だっていっぱいいる。


大きな違いはどこが大文字になるかじゃないかって漠然と思ってる。 "I like IT."と"MY favorite."
Likeが作り上げていくものは「こんなものが好きなわたし」であって、自分に返ってくる。
ふぁぼは何もつくらない。そこにあるのは対象への愛だ。愛って言うと言い過ぎかもしれないけど、じゃあ、ときめき。
あくまで「俺の」でよくて、共感はいらない。「誰々さんもこれをすきだと言っています」はあまり関係ない。
いや、ふぁぼらー(頻繁にふぁぼるひとたち)によるふぁぼりけーしょん(ふぁぼによって無言コミュニケーションすること)のなかでは関係あるんだけど、それはある限定された相互関係があるひとたちとの遊びなのでそれは別次元で楽しい。
見えない場所で遊ぶ。Favstarが戦場になる。タイムラインは静寂を保つ。
Facebookはわかりやすすぎる、あけすけすぎる。「こんなのがすきなわたし」が顔を出すので気恥ずかしさがすごい。自覚的などや顔でないと…!

もっともっと偏愛的な部分が楽しい。執着とかフェチズムに近いところで自分と遊んでる。
集めてにやにやしたい。星をつけまくって、あとから眺める。あるいは、気付いてくれたらいいなって密かに願う。相手がふぁぼなんて全然見てない人だったら見てないだろう、見てたとしてもわざわざ言わないだろう、でも明言されなくてよいのです。
なんだかこの人はいっつもいいところでふぁぼってくれるなーって人はアイコンで覚えてる。そういうあまりにもつつましすぎるコミュニケーションでおもしろがってる。タイムラインだけが遊び場じゃない。


ふぁぼとLikeは全然違う。
AKBの中なら大島優子がすきだな、って言うのと、○○ちゃんがすきなんだ、というのとくらい違う。
比較対象として(あるいはたまたま目についたから)大島優子がすきだって言われてもあんまりぐっとこないよね。
なんとなくはわからなくもないけど、もっと掘り下げて聞かないとよくわからん。すきの正体が知りたい。
いくらでも理由はつけられる、でもあんまり広がらない。このときは表情も衣装はいいよね、とかディティールにはいけるけど、それは単にビジュアルを共有してるだけで本質的な萌えポイントはあんまり把握しきれない。髪なの?顔なの?体なの?あの集団におけるポジションなの?
それよりも、もっと身体的で不明瞭な愛情を帯びてる後者のほうがずっと掘りがいがある。
なんでその人のこと好きになったの?うーん、よくわかんない、仲良くなって、いつのまにか。でもまぁ強いていうなら(略)なところかなー。後付けだけどー。あんまり明確に理由なんてないよー。
みたいな方がリアルだよね。それは明るく宣言できちゃう、すき!とはちょっと違う。口ごもる。
「こんなのが好き」っていう個別具体的で一見共通点なさそうなものを並べてみていくほうが実は輪郭がよく見えると思うわけで。
それは誰かに見られることが前提じゃないからこそ個人的な愛に走れるわけで。自重せずにできるわけで。


Likeには儚さが足りない。必ずしも対象の情報をこれからも継続的にほしいわけじゃない。
ただこの瞬間にわーこれいいな!と思ったその衝動をスタンプしたいだけだもん。
ザ・インタビューズにはこれがなかったのが一番つらかった。よくなかった。後からついたんだけどさ。
でもあの最初の、いろんなひとのをだらだらと目的も一貫性もなく読んでいたころにほしかった。
わたしはこれがいいと思いましたよ!みんなもチェケラしてね!どーん!ではなくて、ああこれはいいな、と思ったのを箱に入れてあとから取り出せるようにしたいだけなんだよねえ。シェアはシェアで楽しいけど、それとこれとは別だ!!
Likeはしたくない。ふぁぼはしたい。収集したい。星を集めてく。
ハードルが高いのは前者だけど愛が強いのは後者だな。おかしなことに。