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インターネットもぐもぐ

インターネット、おなかいっぱい食べましょう




デジタルネイティブと言い切れないもやもやとディスプレイに浮かぶ文字の強さ

2月に「デジタルネイティブじゃない1989年生まれのわたしの話」という文章を書いた。
あくまでわたしの個人的な手記だったのだけど、同世代の子たちからの「わかるわかる」の反応の嵐が予想以上にあって、とっても嬉しかった。


はてなブックマーク - デジタルネイティブじゃない1989年生まれのわたしの話 - はみだし
「デジタルネイティブじゃない1989年生まれのわたしの話」を書いたらリプライがすごく嬉しかった - Togetter


程度の差こそあれ、わたしたちにとっては、ケータイもインターネットもあって当たり前のコミュニケーションの手段だ。
きっと、ある程度年上の人たちから見たら小さい頃から日常的に触れてきたわたしたちは「デジタルネイティブ」なんだと思うし、実際そういう疑問を付した反応をいくつももらった。
でもわたしは、どうしてもその言葉使いに違和感がある。なんでだろう。


そもそも「デジタルネイティブ」って、どういう意味なのでしょう。

デジタルネイティブ (digital native) とは、生まれた時からインターネットやパソコンのある生活環境の中で育ってきた世代である。(略)
生まれながらにITに親しんでいる世代をデジタルネイティブ、IT普及以前に生まれてITを身につけようとしている世代をデジタルイミグレイトと呼んだ。
Wikipediaより

ふむふむ。確かに物心ついたときからわたしたちはデジタルデータに囲まれてる。それは間違いない。
そして対立概念としての「デジタルイミグラント」なのか。
考えてみると、わたしが違和感があるのは”native”の部分みたいだ。
英和辞典で引いてみると“ 生まれつきの,生来の”という意味が出てくる(研究社 新英和中辞典)。
「ネイティブ」という言葉の持つ、持っていて当たり前な感じ、自明的に最初から与えられている感じに引っかかる気がする。


正直言ってそんなに当たり前ではなかった。
少なくとも、わたしはデジタルなつながりを獲得するために嘆願と説得を繰り返して闘ってきた意識がやっぱりある。


例えば、小学校高学年のころ、パソコンを開くのはある意味孤独で背徳的な行為だった。
浴びさせられる言葉は「なに変なことしてるの」「遊んでないで勉強しなさい」だった。
わからないことがあっても親には絶対尋ねずに、自力で調べ歩いた。家族が家にいないあいだにこっそり触ってた。
決して悪口を書いたり、何か法に触れることをしていたわけではないのにその宇宙の中で何をしているかバレたくなかった。
「パソコンをしょっちゅう使ってる=オタク」であって、あまり大きな声で、インターネットで友達を作ったり、サイトを作ってることを公言できる空気ではなかった。
すごく楽しかったけど、パソコンの中で繰り広げられるやりとりはそこで完結してた。
「小学校の時はずっと触ってたけど、中学に入って『オタクっぽさ』に恥ずかしくなっていつのまにかやめて、そのへん数年、パソコンとインターネットの記憶がない」っていう子もいた。
「お母さんがドアの鍵をカチャッとやる音にものすごい速さで反応してたよね」って話にあるある、と言って笑った。
あのときのあの熱情はなんだったんだろう、と、振り返る。あのときひとりで抱えてた感情を10年経って今共有してて、不思議。


例えば、ケータイは“こっち側”のコミュニティの延長だった。
ケータイを持たせてもらったのは中学1年生の冬で、同世代平均のなかでは早いほうだったのかもしれない。でも私立の中学に通っていて電車通学だったという特殊な条件のもとだと、そんなことなかった。そのころにはクラスの半分以上は、そして先輩のほとんどは持っていたように思う。
何度もお願いしたのをよく覚えてる。部活の連絡で必要なんだ、休みの日に友達と会うのにないと不便なんだ、いくつも理由を並べ立てた。「みんな持ってるのに!」
ケータイを手にいれて、その小さな画面の先に宇宙ができた。
どこにいても何をしててもその世界に飛んでいくことができるようになった。あるいは「逃げこむ」とも言えるかもしれない。
ネガティブな影響があったのかはわからない。ケータイがなかった青春が考えられないから、よかったか悪かったなんて考える意味がない。なかったらあらゆる局面で違っただろう。ただ、それがどっちかにあまり興味がない。
わたしたちのコミュニケーションの重要な部分はケータイのメールとブログだったし、そこに繰り広げられてた言葉とやりとりはものすごくリアルだった。
コミュニケーションの希薄化、なんて全然思ってない。場所が変わっただけだ。
積み重ねた言葉はとても生々しかった。時には対面で話すよりずっと。


ケータイを持っていることが当たり前だと、リアルがリアルで完結することなんてまずありえないし、それが前提になる。
「あとでメールするね」が普通で、クラスが違っても仲間内でブログをやって毎日「話してて」、授業中に机の下でケータイを開いて放課後の予定を相談した。
恋とケータイメールは強く関係してた。激しく感情を喚起する文字列もしくは絵文字。


誕生日にデコメを送り合うのって、多くの女の子がやってきたもしくは現在進行形でやってると思うのだけど、あれは特別な相手を慈しむ手段としてとても大事だった気がする。
一生懸命素材を選んで、文章を編む。もらったメールを保護する。手のひらの上の小さな機械に閉じ込める。
保護したメールはずっと側にある。なんだか気分が落ち込んだときに「保護メールフォルダ」をひらいて今までもらった嬉しいメール、幸せな気持ちになれるメールを読む。
(「保護」という機能はこの意味でとても重要なんだけど、iPhoneにはそれがないのだ)(重要なメールを振分けるだけじゃなくて、わたしたちには簡易思い出記録装置・簡易タイムカプセルだったのに)
そこに「手書きの手紙に比べてメールは無味乾燥だ」なんて価値観は本当に意味をなさない。
一番身近なプラットフォームのうえでどうやって親愛の情を表現するか、それだけの話。
手書きとメールと比較ですらない。手紙はもらったら嬉しい。メールだってもらったら嬉しい。別物だ。代替じゃない。
そういうわたしたちの「当たり前」が通用する範囲っておそらくたいして広くないんだろうなということに気付いたのはわりと最近のことだ。
今までの価値観を否定してるわけではない。手紙は嬉しい。年賀状も嬉しい。そのよさもわかる。でも別にやらない。
コミュニケーションのかたちはどんどん変わっているし、自分が近しい世界でそのやり方をずっと探してるのに、「若者のなんちゃら離れ」なんて言われてもどうしたらいいのか。


もう一度繰り返すけど、わたしは自分のことを「デジタルネイティブ」だとは思ってない。
この道具たちを手に入れるために、身体に馴染ませていくために、苦労はたくさんあったから。
元から当たり前のように与えられていたわけじゃなくて、何も悪いことしてないのに拭えない後ろめたさを感じながら、自分の居場所つくって守って感覚があるから。
インターネットが爆発的に普及していく過程であったのは間違いないと思うけど、こんなかたちで触れはじめると、パソコンやケータイをいじることがよいことだっていう前向きな確信は全然持てなかった。
子どもらしくなくてごめんなさい、とずっと思ってた。何かを裏切ってるとずっと思ってた。
わたしの10年年下の子たちは、きっと全然違うのだと思う。彼らの声を聞くのが楽しみだし、きっとまた違う「もやもや」はあるんだろう。
この「もやもや」の部分てあんまり語られないような気がするんだけど、わたしはすごく興味がある。
なんかちょっと違うんだよなぁ、の部分を、みんなと自分がどう考えてるか。
後悔とはまったく違うけれど、あのときもっとオープンにガツガツと関わっていたらわたしのインターネットへの姿勢はもう少し違っていたかもしれない、とは、やっぱり少しだけ思う。